2007年12月の日記
| 激しく護り戦った年でした
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ただ独り 金毛九尾と 戦って どうにかかわす 年の呉れ
黒龍と 北の魔王 襲い来る 大和の命 ただ一筋に
見えぬ裏 やっと明かりよ 日が笑う 新春あけぼの 燦燦と
かの虹は 何の証ぞ 今はまだ 知るよしもなし 神の御心
誰一人 信じ得ざるや ブログ意味 二人の友が 証し体験
うっすらと 足跡の越す 六十路かな 5色で描く 新た来る年
この年は 語り野(ヤ)と交じって 試されて 相手談合 己(オノ)は決断
偽善者は 天真爛漫 正直を 恐れる心 持つ意味を知る
正神が 天岩戸より 出でしかな 最後の陽光 七回目かな
この己 取り巻く輩 今は無し 新年明ければ 波状攻撃
この霊体 亀が降り立ち 共に有り 攻めて来るなら 雷の光
竜島に 天祖降臨 国の始め 徐々に明かさん 日ノ本の暦
(2007.12.31[Mon]) |
| 我が子を正しく鍛え愛せよ
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かの国の 戦闘員は 徹底保護 我が子愛して 国を愛する
この国は 分家に委ねて 子を捨てて 戦い無知の 同じ過ち
戦うは 己の内ぞ 未来にぞ 遅れをとるな 新た文明
豊か者 メディアに載って 時語る 己が理論を 地に植えてみん
我が里は 金が無くても 生きてきた 互いを信じる 相互扶助心
中間層 無くなり安定 崩れ去る 内紛社会と 格差社会か
自給自足 出来る方法 智慧在りし 日ノ本の民 奮い興こせよ
2007年12月30日になってみて感じますには、わたしのブログに書いてきたことが事実であることを確信致しました。
(2007.12.30[Sun]) |
| 日ノ本の国人
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七十四の 君が言の葉 仰ぎなば 本家の民なり 我知るうらん
この国に 多様に入りし 異文明 溶かし集めて 錦織り成せ
故郷は 山川海や お日様や ほかに在るらん ありがたきかな
土に立ち 見つめる緑 この国に 良くぞ生まれし 嬉しなりけれ
国人は 土を耕(おこ)して 工興せ 科(神)学を駆使して エコエネルギー イーブイは 雷(いかずち)の力で 駆動する 次代文明 エコ乗用
皆の家 林立せしめよ 風車 太陽パネルと 合わせ発電
枯れ木をば 枯草と合わせ バイオかな 国の燃料 エタノール生む
対症療法 原因療法 併せ持て 万能細胞 天意の細胞
北国の 呉れの季節は 光あわし 北欧に似て 好みし薄暮か
還暦は よき仲間達に 囲まれて 波乱の年も 静かに往きなん
座右の銘 伸達中庸 真直ぐに 上り往くかな 天まで届け
(2007.12.29[Sat]) |
| 大掃除
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今日は大掃除です。問題の車検事業場も、買い手が出ては消えて出ては消えては、話が二転三転して遅々として進まないですが、大掃除をして内も外も綺麗にします。
本当に長き渡り、事業をここまでさせて頂き、とてもありがたく思います。 社員も最後までついて来てくれて感謝しております。 最後は自分自身で自分が培ってきた事業所を閉鎖する覚悟で御座います。 関係者には本当に有り難く感謝しております。
神の未知 求めて行けば 憂いなし それに情が あればなお良し
波高き 一年かえり 光陰の 矢の如きなり 歳重ね往く
夕暮の 匂う風の香 ほほ笑えめば 湧きいずるなり 生きて価値有れ
手のひらに 暑き熱有り 背中にも 冬こそ知るかな 温き肌着や
年の呉れ 社内に流れる しごと音が 新しき年よ よりリズム好く
帰郷をば まちわびる心 息切な 嫁を娶れば 腹が座るか
我が娘 二十年前にて かくあれと 祈りし思い 夢成りしかな
世の中の 裏と表を 見れうれば 知り残せしは 宇宙意志なり
冬の日に 雑草強く 延び生かん 来たる春の日 我とたたかえ
スタッフが 揃えば勢い 弥栄盛ん ただ祈りあれ 千客万来
(2007.12.28[Fri]) |
| 暖冬
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暖かい冬ですね。
母親も 介護の世話や 受ける暮れ
不況舞う 事業を終えた 仲間かな
国家主義 官僚主導で 進み行く その行く末の 思い複雑
民意より 越えた生き方 神意かな 八百万の神の 選びの次第
(2007.12.27[Thu]) |
| 日本未来の4柱
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これまでのブログに再三書いてきましたが又書きます。 これからの日本の未来は、四つを柱にしていけばいいとおもいます。
1.ニュートリノと松果体法 1.ナノチューブと蹴球組織論 1.電脳区制度の勃興 1.新真文明の創造
年の暮れ 白き風に しろばんば 呉れ検診 道振り返る 八十路かな
親と子の 意気地の会話 息白し
庭の石 苔むし仰ぐ 雪釣りや
生まれちに 立ち目が潤む 走馬灯
冬の日に 鈴の音響く 幼稚園
葉牡丹と 青竹と松 梅つぼみ
しろき雲 逆さに流れて 暖かき
寒鰤と 鱈とハタハタ 加能蟹 父コシヒカリ 越える美味なし
ふるさとに 生まれ育ちて 六十路かな 一筋の生涯 至極満悦
(2007.12.26[Wed]) |
| 今、如何にあるかを知る
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再放送 3年正月 2日9時 すればこの国 如何にと皆知る
君が声 このこと知りて 理解する 大和の民の 奥深きかな
イロハうた イチヨラヤアエ 秘め事の 隠されたるを 知るぞ邦人(くにびと)
民主主義 共産主義も 出は同じ 読み開けてみよ 過去の議定書
何の民と 我が民人とは 同胞(はらから)よ 知りたくば調べ 大英博物館
三戸に キリストの墓 伝えけり 祭りに唄う歌 エーイエアシェルエーイエ(有りて有るもの)
おしみずに モウシェの墓の 伝へけり 天井川あり 箱舟伝説
極東の 日出る国ぞ ジパングは 金龍降り立つ 身元明らに
もう明かせ 国体しっかり 在るときに 宗教統べる 君が役目か
日本版 エヌエスシーを 諦める この国守人 大和人なり
このブログ 架橋に入りし その時に プロバイダーとの アクセス切られ(6:35)
人参を ぶら下げられし 我らかな 千三つ連絡 何処に消えたか
中能登の サクラ神社よ 源氏かな 輪島時国 平家伝承
今の世の 為政者潜る サクラかな 他力と織り成し 千代に八千代に
新田氏 最後の行き場所 能登町よ 伝統残し 今は蝦夷地に
七尾城 上杉に落とされ 畠山 かほく市に残る 眷属の票
新田家と 畠山とは 姻せきぞ ゆえに能登地に 落ち延び来しか
南北朝 今は仲良く 相和して この国難期 総て組みゆけ
総持寺が 武士の世の時 雲水が 武家に広めし 輪島塗りかな
もうここで 負け犬根性 払拭す 他力自力で 文明興せよ
洋画観る 筋書き難解 多かりし 全て明らか このブログ観よ
過去ブログ 消せば要望 多かりし 共に興すは 誰もおらずば
天意下 天真爛漫 正直に 統治せられば 永久に弥栄
陽文明 新たな未来 興さなば ラームに呪詛を 掛けられ格下
湯でカエル ゆっくり炊き上げ 浸たるなり 飛び出す気力 すでに無しかな
マスコミは 個人情報保護法 外される イジメに遭う民 見て見ぬを決め
モニタ捨て 冷蔵庫捨て 捕まるも 一昨夜は野糞 運まで捨てるか
この社会 レベルを下げれば 後の世に 花は咲かぬよ 子孫悲しや
理想上げ 次期文明を 創造す さすれば後の世 華は咲くなん
(2007.12.25[Tue]) |
| 奸策偽善を乗り越える
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君がいう 言霊の意味 理解せぬ 民には通じず メディア劣化よ
この国は 分家の意志に 支配され これを超える 術など無しか
江戸政府 バージョンアップ 電脳化 神道仏教 他宗教乗せよ
防人は 源平藤原 三十字 資源と食料 民造る智慧あり
戦略と 奸策偽善は 偽りなり あるは宇宙意思 自然が全て
このままは 下克上の世を 迎えるか それとも総て 家畜化の世か
この国を 農民治めた 歴史あり 総ての智慧を 出し合へ未来
ナノチューブ 地方に華咲く 実たらんかな 蹴球組織 創造急げ
天意をば 松果体にて キャッチせよ メラトニン増せ 光輝がやく
資本にも 主義や組織も 医療にも 皆な他を頼る 弱さ宿るか
この地球(だま) 治める人を 探なば 秘めたる思想 静かに牙剥く
(2007.12.24[Mon]) |
| 能登の国の勃興
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中能登の 鎮座の神は もののふの えにしの花よ サクラ紋章
トトの地は 平家と源氏が溶け合って 十字に回り 和を織り成すかな
己が周り 三百代言 囲い込む 居らぬ相手と 芝居するかな
文明を 独りで興す 困難さ 先走りにて 敵ばかりかな
闘魂の 野球監督と 語り合う 一気統合 夢を見るかな
古の 歴史を鑑み 今生きぬ よくぞこの時 生れおちたり
防人の 集いし郷里よ 立ちあがり 本家と分家 錦織り成せ
スリーエスは いかに栄えても 利己個人 為政者達には 影響及ばず
源平と 藤原の芸と 溶け合った 新たな文明 創る時かな
公の勝手 個の我が儘が ぶつかりて 激しい意見と 岡目八目
生きてこそ 年金当たる この世なの 計算のみで 命を終えるな
本当は 他力で自力で 他力かな ここのサトリが 自由無碍なり
サブプライム 己が悪しきを 他に委ね 資本主義の 弱み恐ろし
信あれば いかな主義より 優れあり 温故を鍛えて 国創りかな
我が国に 二大政党 生まれても 双頭龍には 成り得ない
皇国は 和を以って 尊しとし 金龍に成り 光輝け
法律は 互いに交互に 通すべし ねじり国会 Yの字合流
Yの字は 双頭龍の 逆様成り 大和人しか出来得ぬ 和の精神
政党の 維持など誰も 期待せず ただ必要は 国民法案
ねじれ期に 偏る政権 求めなば サポタージュや 埋蔵金うむ
交互にて 譲るルールを 持つならば 合流の川 流れ行くなり
シンとした 音を聞きつつ 詩を読むなん
柿の実に 群がる小鳥 雪が降りなん
(2007.12.23[Sun]) |
| 霊夢
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去年厄の旅行で同級生と一緒に沖縄(琉球)に行ってきました。
今朝夢を見ました。 琉球へ行く計画を私がしていました。 祭典の一番えらい先達をしていました。今まで過去において付き合って来た偉い人が下について一緒にお参りをしています。 高校時代のコートと帽子をかぶっていたので何度も脱ぎました。しかし何度縫いでも女性の人に着せられてしまいます。5回ぐらいでやっと脱ぐことができました。 今までやっていた祭主を、長きに亘り下ろされていた理由は、そのやり方の悪さであり、そのことを祭壇の神様に向かって誤っておりました。 祭壇には高楼の形をした位牌があり、中から香の煙が上がり出し、それが大きな音で唸りだしました。 私は神様に対して悪しき御祭りの儀式をしたことを誤り、祭主を下ろされたことを謝りました。 煙の出る位牌の霊に対して一生懸命サトってもらうために「ニュートリノと松果体法」で波長合わせを致しました。 そしたら私の背に、カエルの足を切られたような、とても大きな亀の霊体が下りてきて私に覆い被さりました。 必死にそれを脱ぎ払うために、「ニュートリノと松果体法」を用いますが、夢の中なのでなかなか効きません。 その霊は、段々とゆっくりゆっくりと背中から体の中に入ってきてしまい、溶け込んでしましました。 私は急いで祭壇から降りて、神前の畳の上に座り、私の体に憑いたのなら、「私と共に今後一緒に浄まれば良い」と大きな声で叫びました。 その後「パチリ」と目が覚めました。AM6:15
いままで浦島太郎のことを良く書きました。 カメに乗って竜宮城(琉球)へいく話を書きました。 北風と太陽のことを書きました。 足を切られたカエルのことをかきました。 高校時代の私のニックネームは「カメ」でした。
(2007.12.22[Sat]) |
| これからわたしは老いるバージョン
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よわえにも 六十路を迎え われ祈る
歌と踊り 二つがあれば 民みな愉快
旭日の 光の放射 いく筋も
良き神輿 担ぎて衆の 息が合う 皇国の心 今も流れん
諸人は 欲と恐怖で 動くなり 理念の武士(もののふ) 大和人なり
熊が出る 狸が群がる 市も酔狂 キツネが出れば イオン街かな
我が思い 何を語るも 独り言 堅い話は 風にお任せ
虹が立つ 契約適うと 期待する 己が心の 薄弱さかな
師走晴れ 屋根を見上げて 期待する 消雪装置の 良き働きを
(2007.12.21[Fri]) |
| 里に二人で住む両親
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ブログを消したことに対する意見が、電話やメールで何件かありました。 これまでと違い、メールの復活を決心するには時間が掛かりそうです。
振り込み詐欺 我が両親は 信じるなり すぐに駆けつけ こと無きを得る
悪しき者 準備周到 ぬかりなし うかつに過ごせば 明日は我が身か
生き方の 一番悪しは ぶら下がり この国の官 いつ担ぎだす
ひょんなこと 4人で語る 8時間 後は信義か さて偽善かな
携帯や 相手は居らぬと 疑うも 千三つごとき 独り芝居か
(2007.12.20[Thu]) |
| 突然
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突然、45年前の都市計画の説明会が開催され、玄関前の当社の車両駐車場が6Mも削られることになりました。
「いや又こりゃ大変だ。」
花ならば 実を残してこそ 一世なり 身を削られて 土地も削らる
在所から 街への進化の プレリュード
ゆでカエル ゆっくり脚切り 飛べという
建てて直ぐ 寝耳に水に 声太(ふとし)
笑う者 最後に笑う 者が勝つ
暗雲も 寒ブリ豊 北国の幸
初雪や 一面白し 準備よし
(2007.12.19[Wed]) |
| 夢
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おはようございます今朝老人の夢をみました。突然にブログのことをいわれました。理論ばかりなんぼ書いていてもしかたがない、人間は「欲と恐怖」によって動くものだといわれているようなので、過去のことは消去いたします。
そんな訳で申し訳ございませんが少し考えます。詩でも書きます。 昨日は雷が目の前に成ってからちょうど一年経ちました。
文尾7文字も書きます。 「イチヨラ ヤアエ トカナクテ シン」 (一張羅のヤハエ解かなくて死ぬ)
これをもってこれまでの流れの終わりにします。
(2007.12.18[Tue]) |
| 右肘
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4ヶ月ばかり前から、右肘が神経痛のように痛み、こぶしを強く握ることが出来ませんでしたが、ようやく痛みも軽くなって来ました。
今日は一日中祭りごとに精を出しました。毎日いろいろ大変なことが起きていますが、祈りの訓練を続けていかないと、宇宙との波長合わせをし続けていくことが出来ません。
精神的に心を強く維持していくにはどうしてもそれに見合う業が必要です。いま独りで孤軍奮闘することができるのもこの訓練の業のおかげです。 まだ誰も見習おうとする人はいませんが、それでも一人でやり続けていく覚悟です。
今日は遠隔ソフト(感染しないウイルス)が働いていないような感じです。少し「北風」も収まってきたのでしょうか。いや彼らはそんに甘くは無いと思います。だって2年近く飽きもせず執拗に私を追い掛け回すのですから、そのトップの執念たるや凄いものです。 まあ我々みたいに「日銭」を心配しなくていい者たちなのですからそれも可能です。又、指示通り末端は動いているだけですのでそれらを気にしていても「暖簾に腕押し」です。
私は、こんなやり方は駄目だといっているのではなく、いつまでもダラダラと続けることがよくないのではないかと思います。 ダラダラ長期にやると段々裏が見えてきます。そのことがあまりよくないと思います。 私みたいなものは一年くらいで結論を出すべきだと思います。
この前、不法投棄をした人を捕まえて、証拠を取ってうったえたりしています。その事件はブログに書いて有ります。 当の本人が家へ謝りにきました。 当人に聞いたのですが、何故10kmも離れているところまで不法投棄に来たのかその意味は今でも分からず、再発防止のこともどうするか分からず終いでした。
又、捕まえた事に対して今後どのように犯罪を防ぐか、今後どうしたらいいか方法も考えたらいいと思います。 皆で協力し会って、犯罪を防ごうとする気持ちを互いにもっと持てばいいのではないかと思います。
皆さんあまり協力をしたがらない国家社会になってしまったようです。大きな戦いに負けると国家の有り方にも影響を及ぼし、こういうことになってしまうのかと改めて実感しております。
しかしこのままでは今後、子供達の教育をどのようにしたらいいか、「真」を見出す事ができなくなってしまいます。いやすでにもう見出せなくなっている状態に陥っているのではないかと思います。
「ふ−」と頭の中を風がよぎるように通り過ぎていく言葉が有ります。 「もうおまえみたいな国家感はいらないんだよ」と。 これは自分にとってとても辛い言葉です。そうなってもらいたくないと「天」に願うばかりです。
先日、長崎で田舎興しに成功しているグログを書きました。もし外国の人からの智慧と力を借りずに、田舎興しが行われているとしたらたいしたものです。
能登から田舎興しが始まると思っていた私の考え方は、どうしても、縁ある外国からの人手や力や方法を借りないと、この国の末端の血管に新しい血が流れないと思っています。 今はまだ具体的な事実が整っていませんので書けませんが、私のブログを読み返してみるとそのことが少しは分かります。
私達日本人は、信義や約束や遵法精神を守り、お互いが信頼できる社会環境を創り、そのもとで生活したいものです。
日ノ本の民は、薄っぺらな票と金さえあればどんな権力も持てるというまったく基本を踏み違えた考えだけにはならないで欲しと思っています。
民主主義の基本は、民衆一人一人の想念が国家に繁栄されますので、国民の芯にはっきりとした理念がなくなると、その国は彷徨してダッチロール状態になります。 この国の世論調査を見ていると今はそんな状況に陥っております。
こんな状況になると必ず外からの勢力がこの国に入ってきます。その勢力の質に大きくこの国が影響を受けます。 今そんな力がひたひたと進入してきていることだけは間違い有りません。 イギリスのようにあえてそれを呑み込んで戦略的に行う強かさがあるのであればいいのですが、そんな考えを持たないでずるずると低温焼けどのように侵されて行くのであればとても悲しいことになります。 それは江戸時代に似通った、「米」ではなく「資本(カネ)」の力による封建社会に逆戻りいたします。しかも外資の権力による江戸時代です。
世界の歴史の治世の中で、江戸時代が一番統一がとれ安定していたといわれる学者もいますが、世界の中にはその再興を思っている者もいるといわれております。 国民の体の中には、古い経験としてDNAに組み込まれていますので、私は同じ形の焼き増しはもうこの国には必要ないと思っております。
私の四つの提案はそれらを乗り越えて、日ノ本の民である私達自身でこの国を勃興していく基本理念を提案しているのです。 そして、外の力を取り入れて溶け合っていく事が重要だと思っています。
日ノ本の民として、「小太りないちがい者のゆでカエル」になって逝くような生き様だけは避けなければなりません。
少しずつ未来文明創造に力を注ぎはじめないといけないと思います。
(2007.12.17[Mon]) |
| ユーモア
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私が20年程前に買った「ユダヤ人の秘密」という本があります。 その中でユーモアのことを書かれている部分がありますので紹介します。
「ユーモアは、ユダヤ人生き残りの強力な武器として役立ってきた。英語国民には『最後に笑うものがもっとも良く笑う』ということばがあるが、ユダヤ人ほどこれが正しいことを証明した民族はいないだろう。こんなユーモアがある。 ある生物学者の教授が学生を前にして実験を始めようとしている。『ここでカエルの足を切ると、カエルは耳が聞こえなくなることを諸君の前で証明しよう』彼はカエルを箱の中から取り出して、『飛べ』と叫ぶ。カエルは飛ばない。『諸君が見たように、カエルは足を切ると耳が聞こえなくなるのじゃ』と、教授はいった」
昨晩、帰宅するときにおいて当社の一番仕事が出来る社員が、4台の玉突き追突に遭いました。 その中の二台目の車なのにひどいへこみようであります。
相手は珠洲の人らしいのです。 そういえば奥能登の525集落がいま県と地元住民が協力して地域興しをしている話を何度か書きました。そんなところに住んでいる人なのかも知れません。
奇しくも昨日、事務所の中で元の社員と七窪地内に追突事故があった話をしていました。 この事務所や、車検場の事務所の「会話」や携帯は、前に書いたように何所かに抜けています。しかもパソコンには「遠隔ウイルス」が組み込まれ、ここ一番のことを書くとウィンドウズがウイルスにより勝手に終了していきます。
この天意の転換期においては、「宇宙の意志」の支配下の神々の中にも言うことを聞かない「神様」もおられるようす。 海浜自動車株式会社ばかりではなく、北国オート株式会社も、『ユダヤ人のユーモア』のように、『カエルの足を切れば”私”の耳が聞こえなくなる事を証明しようとしているのでしょう』
”しかしいくら足を切られても私の耳は聞こえるのだ。”と「八百万の神々」の中の、私担当の「政略・戦略・軍略」を行っている「神様」に、恐れながらいっておきます。
只、このことを私のように「ブログ」や「本」にして周りの人たちに知ってもらう努力をしないと、何の意味も持たなくなり、独り善がりの変わり者で終わり、結果、ユダヤ人のユーモア通り『最後に笑うものがもっとも良く笑う』で終わってしまいます。
今の日本人は黙って足を切られていく人が多すぎます。いや、足を切られるのが怖いから「囲いの中の羊か、ケージの中の鶏」になることを好と決め込んでいる人が多すぎます。 これではこれからやってくる新しい文明創造の科(神)学船である新真文明号のノア箱舟には乗れません。
「北風と太陽」の童話ではないですけれども、まだまだ私の周りには「北風」が吹き荒れています。なかなか「太陽」でてきません。
『本家』に存在していた、「真の優しい太陽」は何所に隠れてしまったのですかね。
1978年に「シホンの議定書」の一部に出会い、その一,2年後でしたでしょうか、その全部に出会いました。 それ以降私は、その戦略を乗り越える為の方法を、普通の人たちの誰もが納得できる教えとやり方を考案しようと思い、今もその道半ばです。
何度も書きますが、1995年に於いて、日本を横断する少数民族のイベントが行われました。 私の所へ、そのイベントを行う為にワゴン車を貸してくれと、アメリカとカナダの金髪の男女をつれてお願いに来た日本人が二人いました。 そのとき感じた事ですが、いよいよこの国に「シホンの議定書」通りの戦略が行われ始めるなと感じました。 しかしそれらの方々は別に戦略を行っている認識は御座いません。世界で生きていく上に於いて、そういう生き様がDNAの中に染み付いていて、普通に行動をしているだけなのですからとても自然な姿です。
しかしそんなDNAを持っていない日本の民には、体系付けした教えで教育しないと対応ができないことは明白です。私はその当時そのことをとても気懸かりに思っておりました。
案の定現在に於いて、そのことが教育できなかった「負」の面が、この国内に精神的弱さとなってウイルスのように蔓延してしまい、内需拡大など、この国の力を内部から勢いを興し、外に向って力を発揮する方法がまったくできなくなってしまっております。 今は限られた一部の大企業や、野球に見られるような、ルールの出来上がった場所に於いて力を発揮しているようです。 特種の能力を持っている日本の人たちや起業が外に出ていって力を発揮しているようです。
今は限られた一部分の領域に力が発揮されていまが、本来の日本人の持っている総合力はこんなもんじゃないと思っております。
「サークレットラン」イベントは16ミリフイルムに記録されたと聞いています。地元のマスコミ関係の会社が協力したと聞いています。
私のところに来た日本人のその二人は、今は世界に通じるような有名人になっています。
そのイベントの事を「SACRED RUN(サークレッド ラン)」といいます。今も世界のいたるところで行われています。日本を横断するコース表ももらいましたが、五島列島にある、ご神体が五色人類の「お面」で有名な幣立神社より出発したそうです。そのノートに書かれているコースは主に日本海側を通るものでした。そかし何故かしら、人形峠や発電所の「核」に関るコースを「ラン」していました。
家へ来た一人の方は、九州から発して今も北海道へ向って、ランコースを追うように、一生を掛けた旅に出て、大きな足跡を残しながら点々と移動を重ね続けております。最後は北海道の稚内でこの世を終える計画だそうです。サークレットランの終着点と同じです。 この方は多分亡くなってから大きな名前を残すのでしょう。よく会話をしてみると本人もそう願っているようです。これも奇しくも不思議なご縁です。私の父をとても大切にしてくれます。
そのイベントには私の名前も協力者として載せるとの約束をもらっていましたが、1年後くらいに、ある大学の外人の教授から連絡が入り、載せる名前を、私の名前にするか、私のところに外人をつれてきた先述の人の名前にするか聞いてきました。 私は「北国オート有限会社」と載せてくれといったのですが電話が切れてしましました。その後どうなったか知りません。 しかし作成された16ミリフイルムには、私の貸したワゴン車が多く移っているでしょう。その車はボランティアで貸し出しました。10ヶ月ほど経ったときでしょうかその車が帰ってきました。ボコボコの見るも無残な形になっていました。外国の女性の方その車を思いでとする為に買っていかれました。そのときのオーストラリアの若い女性の方に、当時とても珍しく人気があった、宇野気のデカネタのお寿司をご馳走して差し上げました。とても喜んでおられました。
その後、不思議な事に、先述のもう一人の日本人の人が、まったく経験の無いデカネタの回転寿司を起業なされ、今それが日本国内で大ヒットしています。先ごろ開店した銀座店に於いてはすでに「新名所」になっていると、有名ビジネス週刊誌にでています。数週間前にその方と会った時、近々世界に3店舗同時に出店する予定だと言っておりましたが、週刊誌に書いてある内容にはもっと多くて5店舗になっております。
これらの人達との交流は、偶然の出来事としてはあまりにも不思議な縁に結ばれているような気がしてなりません。 ただただ目に見えない力が働いて、縁を繋ぎながら生かされているのでしょう。 その結果が私の生きているうちに出るかどうか分からないと思っておりますが、人生の結果なんて本人が生きているうちに分かるものが有るとすればそれはほんの小さな事柄であり、歴史的なものは本人が生きているうちは分からない部分が多いと思います。
「サークレットラン」の、その当時のイベントのワッペンが今も私のドアに貼ってあります。
私が不思議に思うことは、何故こんな役柄をこの世において独りぽっちで今もさせられ続けるのかいまだ持って理解ができません。しかも未来に起きてくる様相が手に取るように見えるのですからなおさら訳がわかりません
やっぱり「宇宙の意志」からの「天意」の発動でしかないと思います。
そう思うとやっと毎日が平穏に暮らせます。
(2007.12.16[Sun]) |
| 昨晩のNHK放映の二つの出来事
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昨晩のNHKの放映したドキュメンタリーとニュースが偶然重なり合った出来事にはとても驚きました。
それは長崎県のある村の村興しが放映されていました。 その村は漁業と農業と林業とがある小さな村です。そこが今、村興しに成功している姿を放映していました。 1軒一口5万円の株を買い、小さな会社を興し、色んな特産品を作り出しそれがヒットして、5万円の出資に対して年間1,000円もの高配当が出ているとのこと。仲間たちによる、仲間にたいする、仲間の為の究極の「エンジェルファンド」だと思い、とても素晴らしいことだと思いました。 しかもあげた利益で、地区を走る路線バスの運行権を買取り、そこの赤字埋めに、挙げた利益を注入して、増便までして地域の交通手段にしている姿をみてとても感動しました。これらの村興しで年間1億円の経済効果があるそうです。
又、村全体を宿泊できるように県も支援し、村人も衛生食品法の勉強を年間60回も行い、村興しにまい進しています。村全体では一日2,000人の宿泊ができ、全べての宿泊者一人一人が、それぞれが地元の生活に溶け込み、そこの住民の一人になりきり、伝統の食べ物の作り方や、遊びや、仕事に参加している姿をみてとても感動をしました。 都会からの修学旅行者や外国人学校からの体験宿泊などが行われ、帰宅する際、外国の若者と村のお年寄りが抱擁する姿はとても感動的でした。 すでに来年の予約が15,000人も入っているようで、とても驚いています。
「能登の地」」より先にこんな素晴らしいことが国内で起きているとは驚きです。
私の「ブログ」で目指しているものがもうこの国に始まっているのかととても感動いたしました。
もう一つは同じ長崎県のスポーツジムで発生した、無差別発砲事件です。散弾銃の乱射により死亡者が発生しており、多くの人が怪我をしております。犯人は逃走中でまだ捕まっておりません。
同じ時に同じ県でこうも明暗が分かれたことが発生するかと、ただただ驚愕しております。
亡くなられたお方と怪我をされた方々には、心よりのご冥福とお見舞い申し上げます。今私にできることは「神」祈ることしか出来ません。 この二つを考えてみて、何か今の日本人に対して、何かがうったえ掛けて来ているように思えてなりません。 日本人よ、もう一度原点に立ち帰り、反省するべき所は深く反省して、日本人の日本人による日本人的国造りをし始めなさいと、「宇宙の意志」がうったえ掛けて来ているように思えてなりません。
特に長崎と広島は先の戦争で、絶対に人類が使っては為らない爆弾で大きな被害を受けました。亡くなられた方を思うとなお更そんな声に思えてなりません。
私なりの判断ですが、アメリカ型社会がいいのか、日本型社会に立ち返るほうがいいのか、五色人類の発祥を祭る神社のある長崎県の地から、もう一度考えてみなさいという、「神」や「先祖」からの「警鐘の念」が発せられて来ているように思えてなりません。
この二つの出来事に、目に見えない因果関係と、耳に聞こえないがとてつもない大きなメッセージがあると思うのは私だけでしょうか。
今朝は私にとって「明と暗、善と悪」が同時に起きたとても複雑で哀しい日になりました。 一日も早く「明、善」の方に向かう社会になるように、この国の民の一人として努力を重ねて参りたいと思います。
今日もブログを書いている途中でこのPCが強制終了されてしまいました。 その都度アップロードをしなかったために一回目の文章は全部消えてしましいました。この文章は二回目です。何度でも書きます。でもこまめにアップロードを繰り返した方が、被害が少なくてすみます。
今日起きた出来事は、この「ブログ」に一貫して書いてきました「明と暗」が現実のものとして現象化しているみたいで驚いております。
先日書いたブログの内容の如く、全てが「アバキの世」なのでしょう。
(2007.12.15[Sat]) |
| 孤軍奮戦
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いよいよ十二月で車検専門工場も丁度30年経ち、それと共に車検工場として終焉になるか再出発になるかの結論が出ます。 それと同じくして自分の人生も生きるかそうでないかの節目を迎えそうです。 アクセストラッカーも調子よく動いています。 よくここまでこれたものです。何度も危ないkことが有りましたが、それらを越えてこれたことを、「宇宙の意志」である「神」毎日感謝しております。
「ありがとうございます」
これからの社会は太陽文明の方に切り替わりますので、どれだけ隠れて戦略を打っていても全て白日の下に曝されます。 そんな時代になってしまったのですから、こればかりはどんな賢い知恵者であろうと、表に出て明朗に生きないと成功できません。
月夜の世の主流の時代から、太陽が主流の時代に切り変わってしまっていて、今はその二つがオーバーラップしている時代なのです。
どんなに優れた人たちがどう反対しようが、私が提案しているような時代へどんどんと自然に切り替わっていきます。
この自然に切り替わることこそが、「人知」ではなく、見えない「神智」の行っていることなのです。 「天の意思」が行う革命は、歴史に名を残すような偉人はあまり出現しないと思います。
ごく普通の人たちが知らぬ間に、「二十一世紀新真文明」を明るく創造していくと思います。
今日、社)産業雇用安定センターの所長さんが海浜自動車の車検センターの件でこられました。車検場の終焉の件でおいでになりました。 ハローワークから聞いたらしく、社員の雇用の件で、次なる就職先を世話したいとのことでした。 なかなか親切な事だと驚いております。
このような状況に海浜自動車株式会社が至ってしまったのには長い道のりがあります。 最大の原因は時代が変わり、車検制度が簡素化され、整備を取り巻く社会の変化が一番大きい原因です。
それらを象徴するする出来事が一昨年の11月の事です。 この会社に重大なことが起きました。
めったに入ってこない外車で、しかも40kmも遠い所のお客で、代表者の私がまったく知らない、業務提携をしていない業者からの受け入れ車でした。 私の仲間の役員が、とても遠い所の仲の良い業者に、入庫を増やす為に仕事をお願いしていたらしいのです。 そんな業務提携先を知らなかった私もうかつでしたが、年間に数台しかないので気がつきませんでした。
問題の入庫車は、H10年製造の外車で、日本に入ってきた当時、アメリカ政府からの規制緩和の外圧がとてもきつく日本にかかってきており、その摩擦を避ける為に大量に並行輸入をした車でした。 しかも当時自動車税を減免する為にキャンピングカー仕様に改造した車でした。 違反問題が発生した後、その車の足取りをたどっての説明を受けたとき、その車は神奈川県の検査機関で登録をした車と判明しました。 只、何所でキャンピングカーに改造されたかは判明不可能といわれました。
その当時車雑誌に、キャンピングカーに改造された外車が良く載っていた事を良く憶えています。
このことは定かではないのですが、一台一台検査を行う方法ではなく、型式認定のみで登録を行った時代だと聞いていました。 つまり、その当時の法律は今と違っていて完成検査扱いでそれらの車が上陸したと聞いておりました。
私の車検場に車が入ったときとは、入庫者からはとても急を要していましたので急いで一日半位で車検を行いました。 その後不思議な事に急を要していたのに車をなかなか取りに来ません。
ところが3日ぐらい経ち監督官庁の監査が入り摘発されました。
当時の気持ちを本音で言うと、「これはハメラレタのではないか」と不覚にも疑心暗鬼に落ちいりました。 しかし、良く考えてみると、それもこれも事業管理責任者の至らなさと、あからさまに誰もが分かる違法な車を見抜けなかった検査員との責任でした。 さすがに検査員は処分が出た後直ぐに辞めていきました。
その後停止期間が終わり再開をしようとしたその日、私が工場近くに行くと、工場の上の近い所に大きなヘリコプターが確か2機ホバーリングをしていました。工場に着くなり今度は再度車検業務を始めるのに合わせての行政機関からの監査です。上と下とが騒然としたことを覚えております。
このことは偶然と思うのですが、起きた時間も考えてみても、どうしても偶然ではありえないことだと思いました。 新しく入った検査員と腰を抜かしそうになりながら、「まるで映画の、事故か犯罪シーンに出てくるようなワンカットですね」と驚きながら語ったことを覚えております。
その年の自動車整備業界の研修会において、講習用の冊子の摘発内容について、内部からの告発とか、同業者と取れるような者からの告発とかが説明の中にかかれており、とてもびっくりしました。
その上90%が告発であると説明されました。と言うことは通常検査によるものは残る10%になります。
そのことを知ったその時の驚きは言葉にならず、ただただ行政の云う通り素直に罪を認め、罰を受けたわけで御座います。今でもそれでよかったと思っております。
しかしその後の役員会において、今後の経営をどう立ち直すかについて協議致しましたが問題が解決できなくなりました。 3人内の2人が辞めたいとの言葉を聞いて、私が独りで引き受けて経営しようとしたのですが、それも不可能とわかり協議した結果、何とか半年経営を伸ばすことになりました。その間共同参画者を募りましたがどうにもならず今日にいたってしまいました。
私も今日に至るまでこのことを書く事は出来ませんでした。 この苦しみの中で、今の「終焉」か「譲渡」かの断末魔を向かえるに至るまでこのことは書く事が出来ませんでした。 書けば自分の「許認可事業」に対して悪い影響が出たりして良いことが起きないと思ったからです。 しかし、ここに来てもういいと思う気持ちになりました。少しでもこの業界の参考の為になれば良いと思うようになりました。
車検整備制度は二通りに分かれており、持ち込み車検の認証制度と指定車検制度が有ります。この制度は国の許認可で行う制度で、自動車分解整備業が営む事が出来ます。 この制度は「前整備」を行う車検制度です。
もう一つは「後整備」で行う制度で、ユーザー車検や代行車検がこの制度で、整備前に先に国の検査ラインを通って受検する制度です。
今の車検制度はこの二つに分かれております。
当時のアメリカの強い圧力に押されどうしてもこのような法律にしか出来なかったと聞いております。
古い車検制度に守られて無風状態で育ってきた整備業界は、「車検二制度」の矛盾と、「許認可」を待たねば正規の経営が出来ないがゆえの告発に恐れ、うめき声を挙げて苦慮しております。
後整備にも、とても大きな問題が有ります。自家用車の整備の責任は全てユーザ責任になっています。しかしユーザーにはその認識がまだまだ無いように見受けられます。 しかも受検した後、後整備である、12ヶ月や24ヶ月点検整備をしなければならないのに、無整備のままで済ませている車両がこの国の道路にどんどん走っています。 しかもユーザーは自分の車が無整備車であることを多くの人が知らないので有ります。整備不良で事故が起きたときはユーザー責任が責任を取らねばならないことを知っていないことが問題なのです。 ここもアメリカの制度を日本に持ち込んだ為の、国民性の違いによる、今後における大きな問題発生が隠れていると思います。
車検制度が消費者から嫌われている現在、このことを云う人は皆無ですが、整備不良の車が発生した場合は今は、ほとんど製造不良車と判断されメーカーの責任になっています。メーカーも何十年も製造責任を取らされるので大変だと思います。 前の車検制度では車検整備業者がその責任の一端を担っていて、特に重要個所に対しては慎重に厳重に整備を行ってきました。
後整備がなされない車が増えるという事は損害保険会社の負担もおそらく大きくなっていると思います。
国の車検場は外観しか見ることが出来ません。 大きな事故につながる多くの重要保安部分の整備は、「前整備」による重要点検個所の分解整備によらなければ不良個所を見つけ出す事が出来ません。
只今まで、この理由をいいことに過剰整備をして来たのではないかと、ユーザーから言われてきた事は反省しなければなりません。
それらを踏まえていろいろ鑑みてみても、今後もユーザーからの車検整備へのニーズへの低さは当分続くのでしょう。
私が思うに、不良整備事故による「人、物」に与える「損失」と、走行距離に関らず全てが受検しなければならない車検整備にかかる「費用」との相関関係により、どこかでバランスが取れるのではないかと思っております。
外国に於いては日本の車検制度を取り入れる国が多くでてきています。それだけこの制度は国家と国民にとっていい制度だと思っております。今後正しい運用行えば必ず国民から必要な制度であると、信頼が得られると確信しています。 それにしても我々整備業界はとても人の良い組織です。 「重量税」「未納自動車税」「リサイクル料金」「駐車違反金」等の国の末端の仕事を生活の為とはいえ、文句一ついわずほとんど無報酬に近い形で、納入業務や立替をせっせとやってきました。
こんな業界団体が日本にあるでしょうか。これに関してもっと国は業界を評価して欲しいものです。
最後に、この海浜自動車株式会社は、当時の運輸省(国)と県の高度化事業の一旦として、車検専門の「一部協業組合」として発足いたしました。 そして平成14年の商法改正により3年前の16年に、平成15年より一年近く苦労を重ね、国内でいち早く株式会社に移行しました。
私は私なりにこの会社を時代に合わせて乗り切ろうと致しましたが、経営者自体が自分達の物であるこの会社を下受けにしてしまったことと、法令に対するコンプライアンスを軽く見続けたことによるものが一番の原因でした。 どれだけ注意してもこの遵法精神だけは同僚に教える事が出来ませんでした。
その他に、先述したように、時代の激しい動きと、外圧と、許認可制度と無認可制度と、前整備と後整備の矛盾と、個人情報保護法による告発と、消費者からの車検制度無用論と、道路運送車両法の厳重なる運用等を乗り越えることが出来ませんでした。
まだまだ国内には協業組合が500近く在ると思われます。今後私の辿ってきた道のりを辿ると思われますが、今まで同じ組織形態で苦労をしてきた仲間がどうなるかが気懸かりです。
私はこの難問を乗り越える事が出来なかったですが、私の方から経営を投げ捨てることなく、力を出し切るだけ出し切り、会社経営を持たせるだけ持たせた後の結果ですから、もう思い残す事は何も御座いません。
只、私と共に夢を持って働いてくれた「社員」に対して申し訳なく、心より感謝いたしております。
彼らは、今月から給料も払わないのに「海浜自動車株式会社」の行く末を見届けてから、次なる就職を探すと言ってくれています。 有り難くて、申し訳なくて、自然と目が潤んできます。 「真に申し訳御座いませんでした」「本当にありがとうございました」
もう今年も後二週間です。私の30年間に亘る海浜自動車株式会社における経営も終わります。 神(宇宙の意志)からの「鍛え」である一つの「試験」ももうじき終わります。 後の世に於いて「天意」からこの「試験」は0点と言われたらどうしようかと気に懸かります。
これまでのことが何所まで、「人知」で起きたことか「神意」で起きたことかは定かに出来ませんが、ただ一つ言えることは自分の力が無かったことが一番の事実です。
今後は私はこのことを踏まえ、これらの試練を乗り越えて、次なる霊層に昇華して次なる試練に負けないようにしたいと思っております。
(2007.12.14[Fri]) |
| 「言霊」の乱れ
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この頃の政治家の「言霊」乱れは国を危うくさせます。 舛添大臣や大阪府知事に立候補する橋本弁護士など、「嘘か方便」か分からない言い訳をしている現状をみるにつけ、国民の上に立つべき人としてもう少し考えて発言して欲しいものです。これでは国家の形態を崩す方向に行くと思うのは私だけでしょか。
政治家は言葉を発するのが仕事ですから、政治に関わる発言は「嘘も方便」のいい加減さは使えません。
政治家は「言霊」で議論を戦わせて国家を形成していくのに、その基本が無くなったこの国の今は、この国の子ども達に何を伝えていけるのでしょうか。子どもは日に日に育ち、大人は日に日に老いていきます。 正しい「言霊」で正しいものを伝えることの出来なくなった国は存在することができるでしょうか。
先の総理大臣の「美しい国日本」という言葉はとても綺麗であります。 政治家はその言葉どおりに実践をおこない国民に納得を与えることを続けてください。 引き続いてトップにたったリーダーは、しらばくれたような責任のない発言を繰り返していることを終えて、次なる目標を定めて次から次へと昇華して行って欲しいものです。
「奸策偽善」の染み込みがここまで入り込んでしまったのか、そのことを治そうとしない為政者達が居るとするならば、困ったものです。 そんな中に於いて、心ある大政治家が居るとすれば、この国を一体何所に導こうとしているのか大いに語って判然と示して欲しいものです。
米国の大統領は「悪の枢軸」という「言葉」を言われ、その言葉の強さに鑑みて見ると、その言葉の意力たるや大変なもので、それを取り下げるための六カ国の交渉が行われるようになりました。
軍力や武力の大きさが総てであり、それをバックにしない「言霊」は軽くて、いくら「嘘」をついても取り返しが効くと思っているのでしょうか。 いや、武力より先ずは「言葉」が上です。なぜならば「言葉」により戦争は起き、「言葉」により戦争は終わります。
人間同士が生きていく上にもっとも重要なことは正しい「言葉」であり正しい「言霊」を伝えることです。 そう言えば私の身の回りにも「言葉」を中心に考えている人は殆んど居なくなりました。これは政治家の性ばかりではなく、国民の心が「言霊」より「お金」の傾き、言葉の重要性は地に落ちてしまい、正しい「言葉」を用いることの大切さが認識出来なくなってしまったのでしょう。
もっと政治っぽく云うと、民主主義が偕主主義になり下がってしまったのでしょう。
しかし諦めるのはまだまだです。この国にとても綺麗な「言霊」発し続けているお方がおります。 もう一度原点に還り、この国に正しい「言霊」を取り戻し、正しい「暦」を取り戻し、正しい「政」を取り戻し、正しい「祭」を取り戻さねば成りません。
イロハ48文字に秘められた「イチヨラのヤアエ」の意味をひも解きそのことを国民に伝える時に至っていると思います。
イロハ48文字を7文字に区切り、その文頭を読んでいくと「イチヨラのヤアエ」が浮かび出てきます。 この言葉は「一張羅のヤハエ」といい、先人たちの知恵がこの国の人達に「秘め事」にして、この宇宙を司る「天意」のことを伝えてきています。 それだけのことを知っている国民であり、それだけの尊い国であることを奥ゆかしく伝えているのです。
イロハ48文字は「宇宙の意志」を伝える「言霊」であります。この言葉のことを「カナ」といい「神名」の意味があります。
そんな意味を理解するならば舛添大臣や橋本弁護士は政治家として人の上に立つことは出来なくなります。 私の言うこの「真理」が国民に理解できず、「奸策偽善」に泳がされて正義が通用しないとなると、この国も世界に通用しなくなります。 世界の国から軽薄な国に見下げられます。 しかもそれに加え重大なことは、「言霊」が乱れると子どもの教育が出来なくなり、しまいには内部よりこの国が瓦解していきます。何しろ今のマスコミと教育がこのことに気付き、二つが組んで今国の「言霊・言葉」を正すことを始めないといけません。 そういう行動を起さないと、最後は世間から責任を取らされる羽目になります。
この辺りで、日本語の真の「言霊」を発して、その「言霊」の持つ意味を正しく国民に伝えてくれる人が現れ、彷徨しているこの国を正しく導いて頂きたいと思います。
ただいまこのPCが遠隔操作され、ポインターが勝手に動き出し、WINDOWSの終了がなされよとしていますので、今日のブログはこの辺で置きます。
追申 こんなウイルスも駆除できない、私自身の微力さを知り、一人で「参った」の声を発しております。 私に対する、人間からの苛めは、「宇宙の意思」から見ると「神鍛え」です。 これくらいの人間からの苛めは「神」からの「試験(神試し)」と受け止め、宇宙との祈り合わせを行い簡単に乗り切らないといけません。 こんな簡単なことが乗り切れなくなると、今度は「神振るい」がやってきて、、うつ病のような精神疾患に陥ってしまい、この世で健康に生きていけなくなります。 しかもまだまだこの上に自然環境の変化による強烈な試練が私達人間に用意されています。 何があってもどんどん前に向わなくてはなりません。 そして人類はそれらを越えて生きていかねばなりません。
追文 大事な雇用先に営業に行ってきました。 その会社に来ると私の事務所と同じなのでひょっとして追いかけられのではないかと予想していましたらその通りになりました。それにしても今日は車の後ろが気にかかる日です。 勿論ボイスレコーダーとデジカメやメモリースティクはフル活動していますが、これもこの先何の役にも立たない、私の自慰行為みたいなものです。 二人で乗っているとき、後続車に向ってシャッターを押すと後の車はずっと後方の方へ離れていきます。
老婆心ではなく、私に本当にこんなことをしている者が居ると思うと何故か安心します。 防人はこれくらいのことができて普通だと思っております。只、乱用には気を付けるようにしたほうがいいと願っております。
(2007.12.13[Thu]) |
| 傘の下
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他人の傘に人が入るときは、傘が大きいと濡れません。又、中に入る人が傘より小さい子供ならば濡れません。普通の大きさの傘に二人入ると雨に多く濡れます。 その対策としては、傘を大きくするか一人が一本ずつ傘を持つことが必要になってきます。 大人になるということは一人一人が自傘を持つことになります。
アメリカの経済が弱含みになってきました。 これまで以前のFRBでしたら、サブプライムローンのような、後に付けを回すような金融商品は許可しなかったはずなのに、誰が考えても分かるような問題の商品を何故大量に売り出したか不可解です。 これも何かの隠れた思惑があるのでしょう。
思惑といえばドル紙幣や円紙幣の絵柄について不可解な思惑が隠れています。この頃テレビやラジオで良く話題にしています。
1955年に自由党と民主党が合併しまして自由民主党ができました。それからの以降の政治体制のことを55年体制といわれています。 この間アメリカの傘の下で、アメリカの成功したものだけを真似ていけば良かったのですが、日本も世界の競争の先頭にたたされるようになり、アメリカから乳離れをして一人立ちしなければならない状況が否応無く起きてきました。 それだけ日本も大人に成長したと思えばいいことなのです。
しかし日本の為政者達の組織にはまだ誰かに頼ろうとする甘えの組織が国の中枢の至るところに残っていて、この国が大人の国に成長することへの弊害になっています。
この辺で勇気をもって幼さから脱して、独り立ちする時期ではないでしょうか。 そして立派な大人になり、その上で私達を助けてくれた人たちには恩返しをすることが大切だと思います。
世界の中にあるありとあらゆる常識を全て呑み込んで、それを咀嚼して次なる新しい文明創造に生かしていくことができれば世界から認められますし、それに向って行動することが大切なことだと思います。
これだけ世界のことを知っている民は日本人しかいないのですから、この智慧を生かして未来に向うのならば、必ず二十一世紀の新しい文明を創造する魁の役ができると確信しています。
今日もEVの件で会議を致しますが、EVは簡単な車で部品点数も少ない為中小企業で製造組み立てが可能なのです。勿論PL法をクリアしなければなりませんが、この案件が中小企業興しの救世主になればいいと思っています。
エコエネルギーと環境問題は深く関連しており、地方と中小零細企業も強く関連しています。 中小零細企業は国の基礎で、城で云うと石垣ですから、ここに勢いがでないと日本の経済の真の勃興にはなりません。 又、日本の経済の強さと忍耐力は、この中小零細企業が強く存在してきたからこそ有りえたわけで、その結果として経済大国に成れたのです。
しかしこのことに気付いていて、小零細企業を国の根幹としなければならないという人はこの国の為政者達の中には誰もいないようです。今日のEVの会議の中に於いても私の言うことは理解してもらえませんでした。 このことは今後の検討課題だと云いながら一日一日対応が遅れ、この国を根幹から立ち直す千載一遇のチャンスを逃がすことになると感じております。
(2007.12.12[Wed]) |
| CO2
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この国のCO2削減が目標通り進んでいないどころか、6%以上排出量が増えています。アメリカの元副大統領も強く言っているようにこの国も早くCO2削減に取り組む体制に入る事が肝腎だと思います。
それには官僚組織を綺麗に浄化して、民間から官僚へ、官僚から民間への流れが自由に行えるようにして、その上に経済大国と言われているこの国が先頭を切ってCO2削減に取り組む事が必要です。
北欧の国々やドイツなどは官民一体となって智慧を出し合いCO2削減に前進しています。
CO2削減に向って本格的に進みだすと、世界世論は日本の考え方の味方になり、それによりいろんな経済的な副産物的もこの国に富となって落とされだすでしょう。
環境破壊をしない科学文明を駆使して創造するそのことを私は「新真文明の創造」といっております。
自分達の生理的欲求のみに生きている、マズローの云う一段階の「小欲」から、人類の未来を救う事になるCO2削減を自己実現の目的に置く事ができれば、国民一人一入りの目が輝きだすでしょう。 「自己実現」はマズローの欲望の5段階説に於いては、最後の五段階目であり「大欲」であります。
「大欲」は「無欲」に通じるで有り、「無気力」とは全く内容が違います。
勿論「大欲」に至るまでには 1.生理的欲求 2.安全の欲求 3.社会的欲求 4.自我の欲求 5.自己実現の欲求 を段階踏んで満たしていかなければいけないのが自然の流れですが、今日のように緊急を要する時代には2.3.4は一時的に飛び越える事も必要だと思います。
日本人は2.3.4のことを飛び越えても後で、あの時はこうであったと教えても、良いことならば納得してくれる智慧ある国民です。
今このことを国民に啓蒙することがこの国の大課題です。 「小欲」は一時捨てて「大欲」の心を切り替えるべきです。
(2007.12.11[Tue]) |
| 儒教と儒教とカエルの足切り
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侍と儒教の陽明学とは切っても切ることが出来ません。明治以降儒教は欧米の思想の批判に合い力を失いました。社会秩序を教える根幹を見失った今、再考されようとしています。
しかしすでに遅しの感があります。 私のように、今まで何度もこのブログに書いてきた比喩の如く、現在「カエルの足切り」に遭っておるこの環境を、果たしてどれだけの国民が「好し」として平然と生きていけることができるでしょうか。
この国を司る為政者達にはもう儒教にある「先義後利」などというものの考え方は無く、「シオンの議定書」に出てくるような他国に対する戦略である「奸策偽善」を、自分達の生理的欲求のみの為に使っています。 国家からすれば、国家滅亡の「自虐」行為の戦略を知らぬ間にやらされており、している本人ですら気付かないまま行っている点に大きな怖さがあります。しかも国を先導する政府や官僚組織やメディアや企業が全部「呉越同舟」しています。
一人の人間になって自分自信のこととして考えてみると、「生理的欲求」を失うことがいかに人間にとって怖いことだと感じさせられます。それが潜在意識の中に有って危機に向おうとすると自然に感情の中に湧き出てきて恐怖感を憶えます。歴史の変遷に於いてDNAの中に潜在しているのでしょう。 つい数十年目の私の子供の頃まで生活必需品は自給できていたのに、今は日常の生活用品を造ることができなくなってしまいました。
自活する為の自由自足の生産物は他の人達に頼らなければならなくなり、しかも今はもう限られた会社や組織に独占化されてしまっています。 お金が無いとひと時も生活が出来なくなった現代人は、いかに弱いものであるかということが今後証明される時期がやってきます。
「楽あれば苦あり」です。楽のみを追求してしてこうなった結果を今後乗り越えることはとても難題です。
一見メディアが、政治や司法の欠点を暴いているように見えますが、この国の根幹の大きな問題はそんな甘い所にあるのではございません。暴いても暴いても根幹が替わらないでしょうから次から次へと鼠算のように欠点が不正になって発生してきます。
何故そうなるのか、どうすればそれが防げるのかは、このブログで3年間ずっと書いてきました。
しかし結果はそう簡単な事では治るわけも無く言い続けるしかございません。 そんな訳で、こんな事を警鐘している私に真に近寄ってきたの者たちは殆んどいなく、たまに近づいてくる人達もいますが、中には見えないところでこの国を先導している扇動者たちで有ったりします。 その者たちは私を調べに来ているだけです。 この国を支えようとする真の民はこれまで誰一人として近づいて来ませんでした。 少し思慮深い人達は話を聞いても、見てみないふりを決め込みますし、大きく興味を示す人達もいますが、どうにもこうにも理解できなくなり扇動者の方に組みいっていき、逆に切り替えして私を取り巻きます。 その方が面白くて楽なのでしょう。困ったものです。
このままの状況ではどうしても「天意の御心」に波長合わせをする「業」と「方向」に入ることが出来ません。そんな社会の風潮に浸ってしまったのでしょう。
このままだと地下資源のないこの国は人的資源も失い、この国の財産である内なる「霊力」の部分において、先祖伝来脈々と蓄えてきた財産である智慧と言う思考力は、「奸作偽善」の戦略により、低音火傷状態に陥らされており、もう時期「カエルの足切り」戦略に遭おうとしております。
この「蜘蛛の巣城」状態を脱出するため、ここに来て「侍」精神である儒教を持ち出し始めています。これも一手ですが戦前においてこっ酷くやられました。
「シオンの議定書」の根幹を真に理解している国では「自由・平等・博愛」では無く「自由・平等・犠牲」であり、その国の大使館は大企業の商品を売り込むのではなく、10人前後の小企業の商品を必死に他の国に売る為に努力をしております。
この方法を取り入れれば、国では小企業の競争が好い形で起きますので国家内には競争と働く事への意欲と、企業も大きくならなくていいので、ある程度の平等感と自由感を持つことが可能で、小企業間の理性ある競争が生まれ、新陳代謝もそれなりに正しく発生して、国家の安泰が生まれます。
独占化を国策として奨めている国は、違った戦略が有ります。前述の戦略は、少数民族国家であります。 多民族大国家は民族の維持よりも、国境を越えて世界の勢力をいかにまとめその上にいかに立つかという次元に立っているように思えます。
そんな次元の考え方を持たなくなったこの国の人達は、この辺で「シオンの議定書」の善い考え方の方に戻り、それを基とした上で儒教に戻り、その上で国民一人一人が藤沢秀一の描くような「侍」に戻る必要があります。
私は今ある難題を乗り越えて、国家を維持して国民と共に栄えていく方法を毎日書き綴っています。 私の「ブログ」の目的はここに集約されています。
新しい国造りを行う基本的なことを四つにまとめて伝えております。 1.ニュートリノと松果体法 1.ナノチューブと蹴球組織論 1.電脳区制度の復活 1.新真文明の創造
(2007.12.10[Mon]) |
| GPSと音
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先週の月曜日に私の乗っているセドリックに声がかかり、売れる可能性がありました。しかしこの暮れの時期にそうは簡単にいかないと思っていました。車は仲買の人が持っていきました。その後商いは成立しませんでした。
東京の市場でのことですが、ある都内の市場内において、商品の果物が大量に盗まれました。そこで被害に遭った人が一案を講じて、オレンジの商品の中にGPSを組み込んで、そこから発信される電波をGPSで捕らえ、犯人を捕まえたというニュースの再放送をしていました。
いまの私は毎日がそんな気分の中で生活しています。 そんな緊張した生活がストレスにならないのは「宇宙の意志」と波長合わせを四六時中行っているためです。 この国で安全に暮らせることを望むならば、国民はこれくらいのことは覚悟しておらねばならないと私は思っております。
又私の今の生活の現実は、何か変わったことが起きたあと、私が予測する通りの結果が判明しますので、その度自分の思考の正しさが証明されています。 そんな意味では毎日が納得の日々です。
何(か)の人達は何で私の一挙一動足が気になるかは、このブログを読み返してみると理解できると思います。 こんな社会に対応する人に成長出来る人に成りたいならば、弱き「善」ではなく、強かな「善」を持ちうる精神力を身につけることが急務です。
私の言う、「ニュートリノと松果体法」の領域に「心」を於いて、高い異次元に心を置く生き方を持ち合わせをることができないと、今の複雑で大量の情報が溢れる社会において、安定した精神でて生きていくことが出来なくなります。
この社会に溢れている「奸策偽善」の戦略環境内においては、日本人の持ち合わせている今までの「性善説」ではことごとく対応できなくなります。 「悪」をも乗り越える「剛なる善」を持ち合わせなければなりません。
結論は「ニュートリノと松果体法」と「天真爛漫と正直」という精神で、宇宙との波長合わせを行い、徹底的に「善」を行う覚悟で二十一世紀は生きていくことが肝心です。
(2007.12.9[Sun]) |
| サブプライムローンは前奏曲
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ガソリンの価格が高止まりのようです。この価格になると代替エコエネルギーの開発が促進されます。
サブプライムローンのローンの形態を知る人は、破綻は何時かはおきるであろうと予測している人が多くいました。信用度の低い変なローン商品世界中に分割して組み込み、複雑化してしまって、どの商品にそのファンドが組み込まれているのか、破綻した後、時間を掛けて調べなければ分からない程複雑な状況になっております。 しかしそのファンドが一気に世界中の経済を発展しつづけております。
これだけファンドが世界中を開発しているのはいいことですが、又別の心配ができてきます。近頃は力をつけてきている大国が脅威になってきました。 このタイミングで、ファンドは何でも盲信させる施策を変更するにはいいチャンスだと思います。必ずリスクがあるということを知って欲しいものです。 このルールを作った民族の人達はこのことを良く知っております。その人たちは胴元をしていますので金融事故が起きてもあまり損はしておりません。
しかしこの頃は、大きな資源国と大人口の国々が独占的な力を持ちはじめ、しかも地球環境を大きく汚染している現状はあまり良くないと思います。
それとは反対に、北欧やドイツは国を挙げてエコ国家創造に取り組んでおり、世界の先端を公民一体で未来に向って走っておます。 日本はその点における技術能力は世界の一だと思いますので、今のこの気運を利用して法の整備を行い、トップになれるよう一気にスパートすれば良いと思います。
この世の起きる出来事の98%位は計略戦略的な人為的な物であって、残りの2%位がが偶然起きる「自然の天意の力」によると感じます。
しかしその結果の大きさは、人的なものは0.001%にもならず、限りなく100%に近い値が「天意」の力であります。
だだし「目的」の無い者達は未来には生き残れません。「良い目的」持って世界のトップをリードするように走りださねばなりません。
(2007.12.8[Sat]) |
| 自動車整備業界も告発絶頂の社会か
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今日の新聞に、かほく市と白山市の自動車整備業者が、指定民間車検の停止処分を受けた事が載っています。
私の車検専門工場も今年の一月に処分をうけましたが、それ以降色んな問題が起きてきて、いまは閉鎖するか存続するかの瀬戸際に立っています。
これらの90%は告発によって処分されていると研修会でいわれました。個人情報保護法は良いにつけ悪いにつけ偉大なほど成果をあげています。 このことを考えるに、旧ソ連のスターリン時代に子供が親を内部告発して逮捕されているニュース映画を観た事があります。 なんと恐ろしい国だと思ったことを憶えております。 しかし良く考えてみると「人知における自由」と言うことを規範にして考えてみると、民主主義における国家と個との相関関係においては「これも有り」なのでしょう。
神道や仏教や儒教が台頭していた、江戸時代や明治時代や昭和20年以前までは、内部個告的考え方はこの国の人々の心情の中には無かったです。違った形で人民を統治していました。
どちらが良いか歴史に於いてのみ判断されるのでしょうが、今のところは欧米風の、法の規定による「告発推奨主義」の方が勝っています。
しかし”他人の粗を探すな”と言う風に教えられてきた我々にとって、この時代は生き難い時代です。
理性や倫理観がなくなってしまった国民も異常ですが、それを内部告発するのを当たり前にだと思う心もとても恐ろしいことだと思います。これもグローバル化による副産物でしょう。
最後は時の為政者達に内部告発が及んでいきますので、よほど為政者達そのものが身の回りを潔白にしないと、法でこの国を治める事が難しくなるでしょう。 そしてますます人間同士疑心暗鬼になって行き、社会が極端に荒れだし、紛争が至るところに起き出すのでしょう。 そして最後は軍による押さえ込みしか手がなくなるでしょう。いま力を付けてきている人達はそんな関連の方が多くなってきました。
この国の国民の一人として心眼に徹してみると「シオンの議定書」の悪しき戦略の部分に知らず知らず乗っていっている姿を感じます。しかもそれに打ち勝つ「宗教」も生まれでて来ていないことはとても悲しい事です。
そんな基本的な考えを失った国では、豊かだった経済が冷えて2局化されれば当然内部の中では対立は起きてくることです。
戦争に行った私たちの父親達の若い頃は、悪いなりに国体は一本化されていました。男は皆んな命を国に捧げるのが当たり前と言う今よりもっと厳しい時代を生きてきました。
強い弱いの次元で言うならば今より強い国だったと思います。只、強いという慢心がそれ以上にあり、現実を正しく判断する理性が不足していたと思います。
戦後平和になって理性が働くようになり、しかも副産物である戦前鍛えられた国民の根性によって、この国を世界で2番目の経済大国に押し上げたと思います。 いまはそんな根性を持った人達はこの世を去って行って、ほとんど居なくなって来ました。
日本には資源はないのです。知力と精神と勤勉と理性がこの国を豊かにできるのです。先人達を見習うほか無いと思います。
私たち、団塊の世代より若い人達は、私達以上にもっとぬるま湯の中に育ってきたのですから、いま病んできているこの国の第一線に立っている人達はとても大きなプレッシャーで大変ではないかと思います。
今までのように一人で自由気ままに生きていくことは困難で、どこか良い組織に入らなければ安心して生活ができなくなっているのでしょう。 いま社会に起きている色んな事件を見るたびに、特に弱い善良な人たちは、縦分けの効いた良い「哲学・概念」を持った組織を造り出さないとどんどん「人知の自由・平等」の概念の元で犠牲になっていくと思います。
しかしこれを理解して頂く事が難しい。とても難しいです。
まず組織の基本は家庭であり親族であり、次は友人であり、次は近所同士であり地域であり地方であります。最後は国であります。 昔の日本においてはこのような「義」なるものが社会の組織の中に流れていましたが、今はなくなってしまいました。
その「義」代わり「金(かね)」が台頭しています。結果、「金」が薄くなって来たり滞ったりすると組織が解体していきます。
もう時期、優秀な官僚の作った無駄を食い散らす特種法人も全部解体されていく事になるでしょう。こんな時代に於いては無駄の塊みたいな組織が持つ訳がありません。 その時に至って言えることは、仕事が全くできない人達の未来はとても悲しいことになります。 アメリカみたいに民間から官僚、官僚から民家と行き来する事ができるようにするには、社保省が作った職業訓練所のことよりも、官僚が民間に行った場合や逆な場合でも滞りなく働けるように、職業訓錬をしたほうがましだとおもいます。
(2007.12.7[Fri]) |
| 日本のリーダー達
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日本のリーダー達が、ノッペリとした日本をシャキシャキな新鮮な日本に活性化させて、「新しき美しき国」を創造する方向が「宇宙の掟」に合った形で自然にまとまり出し始めたような感じが致します。
人知の政(マツリゴト)を超えて、神智(自然の力・宇宙の意志・普遍の力)が直接働いて、ハッキリとした指針が大中小企業の中から何所からともなくなく生まれ出てきて、それがまとまり始めているように思えます。 このことが本当に起きているとしたらとても嬉しく思います。
やっと待ちに待った真の日本の創造が「天意の下」で始まっているのではないでしょうか。 そう期待しております。
去年の12月の17日に起きた「雷(神成り)」の神示からもう時期1年が経とうとしています。 あれ依頼、いつか上記したような出来事がこの国に起き出し始めないかと「気」を集中して社会に向けております。
いま「やっと」その「気」を感じれるようになり、少しは気持ちが高ぶっております。
昨日HNKで興味あるの放送されました。 自然破壊を続ける人類に対して、人間慢心を「警告」する放送内容はとても意味があり、このことは「人類我侭中心」のメディア放送から、「神意(自然の掟)」を中心にする考え方に日本のメディアが方向転換した最初であると思います。 神は人類が滅びても、地球上の生き物は悲しむどころか「手を叩いて喜ぶ」という下りにとても納得したのは私だけでしょうか。
勝手をやっている官僚や、組織の上に立って我々を見下している者達や社会矛盾に対して、自分自信の潜在意識のなかで何かが反応したのではないでしょうか。
地球の自然環境力を「水戸黄門」に見立てて他人事として溜飲を下ろしているのかも知れません。
その内「地球の持つ自然環境力」がどんな凄い力があるかという事を、慢心を持っている時の為政者達に対して鉄拳の如く打ち下されるでしょう。
しかし最後は人類全部の問題になる事は言うまでもありません。
(2007.12.6[Thu]) |
| 検索エンジン
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Googleで「北国オート」を検索するとNO8までのエンジンに懸かっています。検索数は50個位になるのではないかと思います。
どうしたら検索エンジンに引っかリやすいかは私の友人がとても詳しく知っていますが、私はあんまりり興味がないのでやりかたを知りません。 それでも多く検索に懸かるのは、毎日ブログをアップロードをしていることが大きく影響しているのではないかと思います。
いまの時代はホームページを持っていることは企業として必須条件の一つになっています。 その上でHPの内容も、お客様が企業選ぶ為の判断材料にするのに大きな意味を持つようになってきています。 そんな意味に於いては、私のブログ(日記)は商売にはあまりプラスになっていないと言う人もいますが、それでも我が社の経営の理念を、社員を含めユーザーが知ってもらうことを目的としています。 そして地元のユーザーの皆さんに地域の仲の良い仲間として認識してくれるように励んでおります。 顧客の皆様が安心してお付き合でしてくれる事を願って、できるだけ真実の情報をHPで公開をしております。
付加価値の見つけにくい過当競争の中で、一つでも多く特長を探し出しアピールする手段として、いい情報としてHPが口コミで拡がることを願っています。
(2007.12.5[Wed]) |
| 真の財産
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国の真の財産は「人」である。それを実証したのが戦後の日本であります。 ここに来て地下資源を持っている国が台頭してきているように見受けられますが、それでも日々の「人」の仕事と活動によって国の富は生み出されます。国の安定がまず基本です。
覇権の競争を主に考えるか、交流の和を主に考えるかによってその時代の国の方向性は大きく変わってきますが、どちらの時代にしても「人」が基本であり、国の安定と人の活動がまずあって、それにプラスされいろんな物が産み出され国の豊かさになります。
願わくば、私に行われている諜報活動やその他の行為が、私を訓練する為のものであって欲しいものです。 そうではなく人知のみによって本当に潰しに来ているならば、それらの為政者たちに予期しない物事が「宇宙の意志」から下ることになることになるかも知れません。そんなことになるとすれば私は嬉しく思いません。
「ニュートリノと松果体法」は受ける側にも責任があります。 宇宙からは良き波動ばかりが飛んできている訳ではないのです。
特に時の為政者たちは、より「松果体」の中の水を純水に保つ業を正しく行っていかないと、松果体内の水が汚れ、宇宙から飛んで来る悪しき波動と反応する量が多くなり、それが現象化し、物質化して取り返しのつかない良くない方向へと舵取りがされていきます。
もしこのことを誰も気付かないで進んでいるとすればとても悲しいことです。気付いているならば一日も早く良き方向へ舵を切り替えるべきです。
しかし、あいも替わらず生理的欲求のみを追い求めて生きている人達がこの国の舵を握っているようにおもえます。しかも思慮深く見つめてみるとマスコミもそれと呉越同舟を決め込んでいます。その顕著な現れが、個人情報保護法の対象者からマスコミ関係者を外しているからです。
「アバキの世」です。ようかいもん(妖怪者)ではいけません。なんぼ化けていても悪い事をすればすぐアバカレます。
二一世紀の未来に於いてこの国の人々は、「天意」に無知になる民族こだけは陥ってはならないと思っています。
(2007.12.4[Tue]) |
| 朝令暮改
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まさか神様の会議の世界に於いて「朝令暮改」は無いと思いますが、人間社会においては、近頃しょっちゅう起きるのが当たり前になってきております。
私が感じるのは、私に対してこの試験を、神様が特にこの頃激しく行っているように感じます。そのことに正しく答えないといけないと、神様の試験に合格すべく毎日真剣に思って生活しているので、その対応に日々熟慮して対応しております。
それらの対応の基本的の教への源は、「日本ことば」であり「わらべ歌」であり「儒教」であり「議定書」であり「哲学」であり「五大宗教」であり、それらに加え、我々日本人が伝承してきた日本文化と、日々進歩しつづけている世界の科学を基に判断をしています。
このことにより、毎日めまぐるしく色が変わり続ける社会にどうにか対応が出来て行っていけていると思っております。
今後、安定していると思われている組織もいつか揺れ出すのは必然なので、私のような複雑な思考を持っている人は今の社会には育っていなく、「金」を金貨玉条の如く信じている人々は、業病化する病気や自然への環境破壊から生じる災害に対して、その対応にとても苦慮すると思われます。
特に「目的の無いお金」のみに頼って安心感を覚えている人達は、健康を維持するにとてもお金が掛かる事になるとおもいます。 国民がそのような思考になってしまうことは、国もそうなってしまうことを表しています。
私達は一日も早く根本的な原因を知り、考え方の転換を行い、しっかりとした根本理念を知り、それを中心に、新しい国造りをしなければならないと孤独に思っております。
(2007.12.3[Mon]) |
| 儒教
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我々の年代が心の親しみとしている儒教をNHKが放映しています。現在の中国経済を引っ張っている華僑の人達の中心的思想が「儒教」です。
縦分けを重んじるアジア民族にとって、組織を維持していく上において「儒教」精神は欠かせません。
「仁・義・智・礼」根幹として「信・徳・妙」をプラスして政治や商いを行う事がとても大事なことです。 この日本においても、このことを貫き通してこられた企業や各組織はバブル後でも強く生きていて発展しております。
現在はそこに欧米の横の民族の資本が入って来ております。それとアラブの資本と中国の資本が入って来ており、国際的資本の坩堝になっております。
ここで儒教の思想が再認識されそれに世界中の思想と経済の流れが入り込み、いま新しい文明の素地をこの国で創りだそうとしているのでしょう。
この国の中で激しくスラップ&ビルドが行われております。
芯(真)だけは失いたくないと、日々忍耐と精進の毎日です。
今朝、昨日の不法投棄の件で警察へ行ってきました。 昼から、投棄した者が当家へ謝りにきました。私と同じくらいの年齢で、商売もしており見た感じではそんな悪いことのするような者ではありませんでした。
良心を愛する私とすれば、「奸策偽善」の一部ではなく、本人が言う通り、たまたまの出来心であって欲しいと願うばかりです。 2ヶ月ほど前でしたか工場の裏玄関に壊れたモニターを不法投棄してあったことをブログに書きました。これは明らかにドアの前に置いてあったので、嫌がらせで故意であります。 なんとなく今回もその流れではないかと感じても仕方がない状況です。
今回の事件がたまたまの出来事であり、見えない者たちからの故意の行為で無いことを願っております。
バブル時代には「地上げ」行為が行われたことは歴史に残ると思います。その「地上げ」と逆のものがあるとすれば「地下げ」行為です。
これらはとても悪い行為は言うまでもありませんが、二つを比べると「地上げ」行為はまだ富に余裕が残ります。
もし、個人情報保護法は必要ですがとても慎重に扱うべきです。 得た情報をかさに着せて自分達の気に食わない中小零細企業に対して「地下げ」行為を常套手段の戦略として行っているとすれば、この結末は国家にとって最悪の結果になります。これは自虐の行為です。
必死にこの国の基礎を支えている人達が、「カネ」以外の全てのものへの信用する心を失い、国民同士や国家への「信」を失う事になり、最後はこの国が滅びます。この戦略だけは絶対用いてはいけません。
今回の不法投棄はたまたまの行為であることを祈念して止みません。 私は日本人ですから「儒教」的なものの考え方が主です。 儒教の「仁」には善良な行為しかありません。
欧米の人たちも儒教の悪い部分のみを批判していないで、良い部分を理解して組合う事が大事だと思います。 そうしないとアジアと欧米が仲良く組合う文明が生まれません。
アジアの人間の善の本質を追求する考え方と、欧米のように人間の悪を追及する考え方の両方が必要です。
その二つを乗り越えて治政を行うことが肝要です。
(2007.12.2[Sun]) |
| 三十字文明
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本家の霊力と分家の物力とを十字に組んで回転する三十字文明を興すことが21世紀に課せられた我々人類の今後の最大の課題です。
人類が発祥した時代はパンゲア大陸時代であり、極東のこの地に神殿が祭られ祭司が住まわれていたのではないでしょうか。一つであった大陸が5つの大陸に割れて現代の五大大陸が生まれたことは地質学上でも証明されています。 又氷河期時代には五大大陸を人々が行き交いができたと思われ、五色人類も部族を守りながら行き交いできたと私は思っております。
神代の時代に於いて、五色人類の中心はこの日本の地であったと思われます。その時代には自然の山を利用したピラミッドの造成が各地で行われ、世界に広がっていきました。山頂にはストンサークルの石組みが作られております。その後段々と人類は平地に降りてきまして、イギリスにあるような平地のストンサークルを建設し、遺跡として現代に残っていると思われます。
ストンサークルは一年の「暦」を正確に見るために必要不可欠なものでした。この権力を握っていたのが時の祭司でした。その世界各地に派遣された祭司の祖先がこの「大和の国」より出て行ったのでございます。
神代の昔に於いてはこの「大和の国」から情報が発信され、又戻って来たのです。 人類の「暦」文明が最初に発祥した中の心地であった事は間違いないと思います。そんに意味で現在も「日出ずる国」として世界から認識されているのです。
モーゼもイエスもこの国に帰ってきたという伝説がこの国にはハッキリとありますし、そこには証拠も残っているといわれております。 そのことは時期がくるまで封印されていて、世間に出してはいけないことになっているそうです。 イエスの伝承の在る地域には、一年に一度の祭りが行われる祭、村人達がヘブライ語で歌を唄って今も踊るそうです。村人達は歌の意味は分からないそうですが、伝承として伝えられているそうです。
確かではないのですが「エーイエイ・アシェル・エーイエイ」と発音して歌っていおるようで英語や日本語にしますと「I am that i am 」 であり「有りて有るもの」ではないでしょうか。
このことが事実だとすると、人間の「サトリ」境地を唄っていると思われます。
この国の皇国も人たちも神代の時代から、何度も世界に出て行き又戻ってきては、元還りをしてこの国で同化をしております。 そのことは古文書である「神代の万国書」に載っております。国に今この国に住んでいる人たちも数百年経つと同化をしていくのでしょう。
五色人類がまんべんよく同化しますと、今の「大和人」の体系になると思っています。たぶん大陸が分断されてこの国の人たちも万便良く同化していき、この国の「大和人」が生まれたのでしょう。 そうみると日本人も一人一人良く診ると五色人類の特長が、体つきや考えかたや血液型に、部分的に出ていることが分かります。
特に、歴史上において戦いをほとんどしないで生きて来た能登の国の民にそのDNAが強く受け継がれてきたと思っております。
今この国に元還りの現象が多く起きています。日本人の結婚相手の10人に一人は外国の人だそうです。この石川県に住んでいる人の100人に一人は外国の人だそうです。
そんな時代になったので、脈々とこの国に住んできた我々本家の民ももう一度原点に返って本家の自尊心を呼び起こし、世界からやってくる人たちと十字に組んで新たな二一世紀文明を創造して行かなければなりません。日本は四方海に囲まれていた為に守られてきましたが、今は海であるが為に逆に簡単に近づく事ができるという人もいます。
そんな意味で私はこの国に生まれた国民で在ることをとても嬉しく思っております。
今夜9時ごろ車検専門工場の空き地へ、冷蔵庫の不良投棄をする者がおりました。居合わせたうちの者がその者を捕まえました。 何か起きると思っていましたがこれが今起きている現実です。何が起きているか深く推測はしませんが、やけに色んなことが繋がってきます。 これが今の日本の中に起きている現状です。 毎日私の側で働いている仲間はこの現状を話見せていますが「明日は我が身」かと非常に緊張しております。
(2007.12.1[Sat]) |
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